モンパルナスの静かな袋小路にある、版画家デボラ・ボクサーのアトリエは、工業用・日用の様々な工具で溢れている。作家はそれら道具が、元は消火栓の蓋、泥炭掘り用の靴、煙突掃除用ブラシなどであったことを明す。これらの風変わりで美しい器具たちは、光と影でその姿を変化させながら作家に制作上の課題を課す。彼女はカメラの前で、これら対象の持つ魅力とその独特な味わいを、エッチング、ドライポイント、アクアチントといった凹版技法を駆使し、版画の表現方法を模索する。
50年以上このアトリエで創作活動を続けるボクサーにとって、これらのオブジェは風景や人物の顔と同様、表現性に富み、芸術上の課題を提起し続ける対象である。彼女の芸術性はそれらを写実的に表現することにはなく、むしろその深い個性、いわばそれらの持つ「人間性」を露わにすることにある。